東京ミッドタウン日比谷
3月29日にオープンしたばかりの大型商業施設だ
地下1階の【RINGO】前で腕を組みじっと考え込んでいる
「・・・わっかんねぇ」
携帯から番号を呼び出す
2回のコール音で相手に繋がった
「あ、お疲れ様です。森下です、里中さん？
すいません、ちょっと伺いたいんですけど今、いいですか？
・・、はい、すみません。
あの、明伸さんに持ってく手土産で悩んでんですけど・・、
・・・・・はい、奥様も入れて4名ですね。後は社長がいつも事務所にいらっしゃいます。
・・今、話題性があるかな？って思ってミッドタウン日比谷にいます
はい・・、はい。【RINGO】ってアップルパイの専門店です
マジすか？・・良かったです。すいません、忙しいところ。ありがとうございました」
携帯をポケットに入れ、意気揚々と店に向かっていく
「戻りましたー」
「お疲れ様でーす！」
事務所に入りながら言う俺に、営業事務の平田が明るく言ってくれる
いつも明るくて、言うなればイマドキの女性
心の中だけに留めておくが彼氏とはラブラブらしい
羨ましい話だ・・。
「あれ、平田だけ？」
「銀行行ってます」
「あぁ」
平田が、意味ありげに笑っている
「何？」
「私が銀行行けば良かったね？」
「は？」
平田とは同い年の同期のせいか、割と気さくに何でも話す間柄だ
それでも、言えないこともある
「それ、【RINGO】のアップルパイ？」
目ざとく、見つけて言ってくる
「まぁ。里中さんに相談乗ってもらったから、お礼？」
「・・お礼ねぇ」
「何？」
「別に？」
「明伸さんに持って行ったついでだよ」
「ふーん・・」
何となく含みがある
「何だよ、さっきから」
「別に？ 先輩、甘い物好きだから喜ぶんじゃない？」
「マジで？良かった」
平田が明らかに笑っている
「何なんだよ、マジで。お前の分もあるけどやんねーぞ！」
「ごめん、ごめん。はははっ」
ついには声にだして笑っている
「・・・」
「ははっ、ごめんって。 私、先輩も森下君も好きだから」
「は？」
「だから上手くいくといいなって」
瞬間、平田が笑っていた理由に思い当たる
きっと今の俺は、さぞかし赤い顔をしている事だろう・・。
「馬鹿じゃねぇの」
今更悪態をついたところで遅いことは分かっているが、言わずにおれないのは男のプライドだろうか
言った覚えも、顔に出した覚えもないのに
女って生き物は感が鋭いと言うか、よく見てるもんだと思う
それとも俺が分かりやす過ぎるのか？
「俺って、そんなに分かりやすいかな？」
「そんなことはないと思うけど」
「え？まさか、里中さんも・・」
「まさか！ 先輩は人の心に敏感なくせに自分の評価に厳しいから」
「？ だから？」
「自分が誰かに好かれてるなんて、考えもしてないと思うよ。 いい女なのにねぇ？」
「いい女なのになぁ・・」
「はははっ」
つられてしまった・・。
こいつには今後しばらく頭が上がりそうにない
「言うなよ」
「言わないよ。 でも応援してる」
「うっせぇ！」
平田が笑いながらてきぱきとお茶を入れ、アップルパイを食べる準備を進めている
事務所に常備してある、何の飾り気もないお皿のうえにアップルパイ、3人分
「残りは冷蔵庫入れとくね」
「おぉ」
「皆帰ってきたら、すぐ食べれるようにしてあるから」
「気が利くねぇ」
「いい女だからね」
「そーだな」
平田が笑っている
小さい会社だけど、俺はこの会社の気さくな暖かさが結構好きだ
まだまだ、社会人としては半人前で
社長をはじめ上司や先輩には迷惑をかける事も多い
それでもこの会社でのし上がりたいと思う
この暖かさを壊さないように
この会社を俺がでかくする！
野望と欲望にまみれる俺だけど、あの人の笑顔も一緒に守りたいと思う
いつか、本人に言えるだろうか
「戻りましたー」
言いながら、里中さんが入ってくる
「お疲れ様です」
「あぁ、森下君。お疲れ様」
言いながら何かに目を留め、満面の笑みを浮かべる
「どしたの、これ？」
「森下君からの差し入れです」
「そーなの？ 【RINGO】の？」
「はい。さっきのお礼です」
「え？お礼って程の事言ってないけど？」
「ついでですよ、ついで。めっちゃ喜んでもらえたんで、助かりました」
「そっか、嬉しい！ありがと」
平田が生暖かい目で俺たちを見ている
里中さんは嬉しそうにアップルパイを
恥ずかしくて齧りついたアップルパイは、甘いのに酸味があって
パリッとしたサクサク生地に包まれたカスタードとリンゴ
しょうがない、やるしかない、いつだって全力疾走だ！
その先にある、何かを得るために
俺は今日もがむしゃらに進むのだ
