「聞いてます?先輩」
「え?」
「もう!」
「・・ごめん」
「いや、いいんですけどね」
きっちり化粧された可愛い頬を膨らませ、絵理沙が私を見ている
「何だっけ?」
「だからぁ、サンシャイン水族館ですよ」
「あぁ」
つい先日、彼氏と行ったらしいサンシャイン水族館
ビルの合間を飛ぶペンギン
天空を駆けるアシカ
展示方法に趣向を凝らし、最近話題になっているらしい
「良かった?」
「はい!めっちゃ楽しかったです!」
素直に、本当に楽しそうに話す
これは絵理沙の長所だなぁ。と、ぼんやり思う
私の勤めるこの小さな会社は小さいながらも銀座にあって
ランチともなればどこもいっぱい
勿論金額だってそこそこで
私たちはいつも、持参かコンビニのお弁当をデスクで食べている。
「でもね、同じフロアーにプラネタリウムがあったんですけど。それがまた何か惹かれるんですよー」
「プラネタリウム?」
「はい」
絵理沙は、私の5歳年下の後輩で
いつも綺麗に巻かれた髪、いつも明るくいわゆる今どきの女の子
「雲シートとか芝シートって言うのがあるんですって」
「雲シート・・?」
「はい!ふわふわの雲の上に寝っ転がって星を観る!なんか良さげじゃないですか?」
「・・うん」
絵理沙に見つめられる
「ん?」
「いや、全然興味ないじゃないですか?」
「そんなことないけど・・」
「・・けど?」
「デートで行くイメージ」
「そーですか?」
「うん」
「一人で行く人も多いらしいですよ」
「ふーん・・」
そー言えば、最近星なんて観てないな
最後に空を見上げたのはいつだっただろうか
学生時代、1か月だけホームステイしたニュージーランドの空を思い出す
本当に、手が届くんじゃないかと思った
毎日それなりに充実しているし
あの頃は良かった、なんて思いたくないけど
やっぱり、あの頃より感動は減った気がするなぁ
「行ってみようかな?」
「誰とですか⁉」
「え?」
「プラネタリウム。 ですよね?」
「まぁ」
絵理沙の目がいやらしく笑っている
「内緒だよ」
「えー!」
「恋するときは教えて下さいって言ったじゃないですかー!」
「・・そうだっけ?」
「言いましたよー」
「って、別に恋してないし」
「・・・」
睨んでいても、絵理沙は可愛いな。と思う
「いや、本当に。 ちょっとプラネタリウムに惹かれただけ」
「・・そーなんですか?」
「一人で行ってもいい所なんでしょ?」
「もちろんです!案外サラリーマンの時間つぶしとかに使われたりもするらしいですよ」
「ふーん・・」
お弁当のポテトサラダを食べながら
さして興味もないふりをする
「プラネタリウム」
確かに少し惹かれるな・・
空を見上げても、ろくに星なんて見えないこの東京で
満天の星空
感動、するかもしれないな。と思う
感動したら、どんな気持ちになるんだろうか
誰かと共有したいとか思うんだろうか
うん、行ってみよう
自分の中に新しい感情が生まれそうな感覚に気分が向上する
いや、忘れてた感情。かもしれない
楽しみだな
「森下君とか、どーですか?」
「・・・・は?」
「いや、プラネタリウム」
「・・なんで?」
「別に、一人で行くのが嫌なら森下君とか付き合ってくれそうじゃないですか?」
森下君は絵理沙と同期の営業で、私より5歳も年下だ
「んー、・・ま、一人でいいかな」
「そーなんですか?」
「うん」
絵理沙が残念そうな顔をしている
「何、その顔?」
「え?」
「何とも言えない、渋い顔」
「え・・、不細工ですか?」
「いや、可愛いけど」
「良かったです・・」
時々、絵理沙の思考はよく分からない
「森下君も休日暇だって言ってたんで、丁度いいなって・・。残念です」
「ふーん・・」
森下君は絵理沙の事が好きなのかもしれない
でも残念・・。
絵理沙は彼氏と順調みたいだ
「あ、ちなみに言っておきますけど森下君は私の事、好きじゃないですからね」
「え・・」
エスパー・・?
「ただの同期です」
「あぁ、・・うん」
絵理沙は時々鋭い
お昼が終わればいつもと変わらない、仕事
今日も二人だけの事務所
私達はPCに向かっている
PCの向こうにはたくさんの世界が広がっている
空を見上げれば、どこまでも続く
その先は宇宙か・・
この銀河には2000憶個の星があって、この宇宙には1000憶個以上の銀河があって
果てしない数の星がある
一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、秭、穣、溝・・・
果てしなく、少し怖い
「やっぱり、森下君誘ってみようかな」
「え⁉」
「え? ・・ダメ?」
「いや、すごくいいと思います」
「・・・、そう」
「はい」
プラネタリウム
その先に何が広がっているのか
少しの不安と、少しの期待
踏み出す一歩
その大きさを噛み締めながら、今日も一日を進む