目の前にはMiuMiu(ミュウミュウ)のアイコン「マテラッセ」をイメージしてデザインされたというボトル。
中に入っている薄っすらとしたピンクの液体はいかにも女子が好みそうな可愛らしさだ
「私のイメージって、これなのかな・・?」
ぼんやりとボトルを見つめながら独り言ちる
キラキラと光を反射して、ボトルは黙ってそこにある
「ま、・・いっか」
ボトルを手に取り、少しだけ液体を手首に落とす
「ん、嫌いじゃない」
玄関先の姿見に全身を映す
綺麗に巻いた髪
綺麗に塗ったネイル
春らしいパステルの薄手ニット
今日の私も完璧だ!
「行ってきます」
返事の返ってこない静かなワンルームに向かって言うのは癖のようなもので
ここから一歩、私の戦いは今日も始まるのだ
「おはようございまーす」
「おはよー」
既にPCに向かって作業を始めているのは5つ先輩の里中千恵子さん
男性社員は皆、外回りに出ているのだろう
いつものように事務所には先輩一人だ
「何か急ぎ、ありますか?」
「ないよ」
「はーい」
無口な人だけど、仕事はきっちりこなす
未婚、彼氏なし
多分先輩は自分の事を過小評価している
控えめだけど人の心に敏感な人だ
私はひそかに先輩に憧れている
孤高の女戦士
そんなイメージ
「あれ、何かいい匂いする」
「あ、すみません。きつかったですか?」
「いや・・。いい匂いだよ」
曖昧な笑みを返す私を先輩が見つめている
「何ですか?」
「気に入ってないの?」
鋭い・・・。でも、少し違う
「香りは好みなんですけどね」
「うん」
先輩に見つめられると何故かいつもうまくごまかせない
全てを見透かされているような気がする
それも、嫌な感じじゃなくて居心地よく感じるから不思議だ
「これ、貰い物なんですよ」
「ん」
「ミュウミュウの数量限定の香水で、ローロゼオードトワレってやつなんですけど・・」
「うん」
自分の事なんだけど、どう説明したらいのか良く分からない
「ちょっとググってもらっていいですか?」
先輩の手先が素早くキーボードを叩いてく
画面に映されたピンクのボトル
まぎれもなく、今朝、私が、手首に付けたものだ
「・・これが?」
「んー、なんて言うか・・ すっごく可愛くないですか?」
「・・・」
先輩と見つめ合う
「え?だから?」
不思議そうに先輩が聞く
・・まぁ、そーだよね
「彼氏に貰ったんです」
「うん」
「私のイメージってこれなのかな?って思って」
先輩の顔は不思議そうなままだ
「・・・。ダメなの?」
違う。ダメなわけじゃない
でも、何か違うのだ。
「・・・、私、カッコイイ女で居たいんです」
「うん」
「守ってもらわなきゃいけないような女は嫌なんです」
言ってから、思う
「すみません、何朝から熱く言ってんですかね?」
「いや?」
先輩が何か分かったような顔して笑っている
「そー言う意味じゃないと思うよ?」
「え?」
今度は私が分からない
「彼氏君がこれくれた意味」
それだけ言って先輩はPCに向かってしまった
私の中には疑問符ばかりが残されて、結局答えは出ないまま
それでも仕事はしなくちゃならないし
時間は過ぎていくのだ・・
「ただいまー」
返事の返ってこない静かなワンルームに向かって言うのは癖のようなもので
やっと鎧が脱げるのだ
髪を縛り
スウェットの部屋着に着替える
化粧を落としコンビニ弁当を温める
ーーーーそー言う意味じゃないと思うよ
先輩の言った言葉を思い出す
じゃあ、どういう意味なんだ?
狭い部屋にはまだほのかに朝付けた香りが残っていて
すずらんやカシスのつぼみが生むフローラルな香りとムスクが香るみずみずさ
生き生きと咲き誇る生命
あの可愛らしいボトルから香る力強さ
ーーーーそういう意味か。
何となく分かったような気がした
「おはようございまーす」
「おはよー」
今日も二人っきりの事務所
先輩はいつものようにPCに向かっている
「あれ、今日も付けてる?」
「はい」
じっと先輩が見つめてくる
「何ですか?」
「この香水、すっごい合ってるね」
先輩がにっこり笑ってPCに向き直る
「はい、私もそう思います」
「愛されてるねぇ」
先輩の横顔に向かって笑顔で答える
「はい! ・・先輩、 私、先輩について行きます!」
「へ?」
きょとんとした先輩が、すぐに笑って言ってくれる
「ん!ついて来い!」
女は可愛くいたいと思うモノ
その為に髪だって撒くし、お洒落にだって気を付けるのだ
でもそれだけじゃない
自分らしさと力強さ 負けん気と根性
女は可愛いだけじゃない生き物なのだ
私は今日も髪を巻く
ネイルで彩られた指先を意識して、したたかに
「行ってきます!」